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千葉地方裁判所 昭和40年(行ウ)7号 判決 1966年7月19日

原告 金子利子

被告 船橋社会保険事務所長

訴訟代理人 安部末男 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判<省略>

第二、当事者の主張

一、原告

(請求原因)

(一) 被告は原告に対し、昭和三八年六月一二日、原告が被告に対し昭和三八年五月三一日請求した分娩費および出産手当金は、健康保険法第五七条の規定に該当しないとして、これが不支給の処分をなした。

(二) しかしながら、原告は昭和二四年四月一日訴外住友電気工業株式会社東京支店に就職し、同日同会社健康保険組合被保険者資格を取得し、同三七年六月三〇日右会社を退職したが、同日付で健康保険法第二〇条の規定による被保険者(任意継続被保険者)の資格を取得し、同年一二月三〇日その資格を喪失し、その後の昭和三八年四月一一日女児を分娩したものである。

(三) したがつて、原告は、健康保険法第五七条により前記の分娩費および同年二月二八日から同年五月二二日まで八四日の出産手当金の支給を受けることができるものであり、被告に対しその請求をしたものであるが、被告は同条の解釈を誤り前記のような処分をなしたものであつて、右はもとより違法である。

(四) 右につき、原告は同年八月九日千葉県社会保険審査官に審査請求をし、同審査官は同年八月三一日右請求を棄却し、原告は同年一〇月三〇日社会保険審査会に再審査請求をし、同審査会は昭和四〇年八月三一日右請求を棄却した。よつてここに前記被告のなした不支給処分の取消しを求める。

(抗弁に対する答弁)

被告の主張を争う。

健康保険法第五七第一項は、強制被保険者も任意継続被保険者も、被保険者として区別していないし、同条第二項により準用される同法第五五条第三項は期間の点のみについて算入せずとしているにすぎない。したがつて、任意継続被保険者も同法第五七条第一項にいう被保険者たりうるものである。

二、被告

(請求原因に関する答弁)

請求原因第一、二、四項および第三項中原告がその主張のような請求をし、被告が原告主張のような処分をしたことは認めるが、その他の事実は否認する。

(抗弁)

原告主張の被告がなした処分は、次のような理由により適法である。すなわち、

健康保険法による被保険者が資格喪失後の分娩について、保険給付を受けるには、資格喪失の日の前日まで継続して一年以上被保険者たりし者であり、かつ同日後六か月以内に分娩した場合であることを要するところ、右一年の期間には任意継続被保険者であつた期間が算入されないことは、健康保険法第五七条第二項によつて準用される同法第五五条第二、三項により明らかであり、したがつて、一年以上継続して強制被保険者たりし者が資格喪失の日以後六か月内に分娩した場合にかぎり右保険給付を受けることができるものである。そうすると、原告の分娩は、原告が強制被保険者の資格を喪失して後六か月以上を経過してなされたものであるから、原告は分娩費および出産手当金の支給を受けることができないものである。よつて、被告がなした前記処分は適法である。

理由

一、被告が原告に対し、昭和三八年六月一二日、原告から被告に対し昭和三八年五月三一日請求した分娩費および出産手当金は、健康保険法第五七条の規定に該当しないとして、これが不支給の処分をしたことおよび原告が昭和二四年四月一日住友電気工業株式会社東京支店に就職し、同日同会社健康保険組合被保険者資格を取得し、同三七年六月三〇日右会社を退職したが、同日付で健康保険法第二〇条の規定による被保険者(任意継続被保険者)の資格を取得し、同年一二月三〇日その資格を喪失し、昭和三八年四月一一日分娩し、その分娩費および出産手当金の支給を受けるため前記の請求をしたものであることは、当事者間に争いがない。

二、被告は、健康保険法第五七条第一項にいう被保険者には任意継続被保険者は含まず、したがつて、原告は同条項所定の期間を徒過して分娩していることになる、と主張し、原告がこれを争うので判断すると、同条第二項において同条第一項の規定による保険給付については、同法第五五条第二項および第三項が準用されており、同条第二項は、療養の継続的給付(同条第一項)を受けることのできる資格者として、被保険者の資格を喪失した日の前日まで継続して一年以上被保険者であつた者でなければならないと規定し、同条第三項は、右の期間につき同法第二〇条の規定による任意継続被保険者であつた期間等を含まないものと規定している。そうすると、同法第五七条第二項の規定による同法第五五条第二項および第三項の規定の準用は、原告主張のように単に期間の点のみに関するものではなく、同法第五七条第一項にいう被保険者は、任意継続被保険者を含まないものとしているものと解するを相当とする。このことは、単に文理解釈上からのみでなく、同法第五七条が、妊娠中の女子の解雇を抑制する趣旨で設けられているものではあるが、同時に、弱体者が加入し保険給付を受けることによつてその健康保険組合の健全な発達を阻害することを防止するため被保険者の資格に制限を加えているものであると解されるところからも、容易に理解しうるところである。

したがつて、原告のように、任意退職してその後任意継続被保険者とはなつたが、強制被保険者の資格喪失後六か月以上経過して分娩した場合は、健康保険法第五七条第一項所定の被保険者に該らず、よつて同条項所定の給付を受け得ないものというべきである。

以上の次第で、この点に関する被告の抗弁は理由があるものということができる。

三、以上の次第で、被告の前示処分は適法なものというべきであるから、原告の本訴請求は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀部勇二 渡辺昭 片岡安夫)

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